私は、日本で薬剤師として働いたあとに、カナダで薬剤師免許を取得しました。
海外で薬剤師として働くことは大変な道ですが、非常にやりがいのあることです。薬学生や若い世代の薬剤師には、一つのキャリアとしてぜひ考えて欲しいと思っています。
よく、『英語力がある人、勉強のできる人= 海外に向いている人』というイメージありますが、私は決してそうではないと思っています。これらは能力であって、決して資質を示しているわけではないからです。
私の考える『海外にぜひ挑戦して欲しい人』、以下の3つの資質を持っている人です。
①薬剤師の能力を存分に発揮したいと考えている人
②困難な事でも最後まであきらめずやりきれる人
③変化を受け入れ、それを楽しむことができる人
① 薬剤師の能力を存分に発揮したいと考えている人
海外の薬剤師は多くの権限を持っており、できる仕事の内容が幅広い傾向にあります。
例えば、カナダでは、薬剤師が予防接種やエマージェンシーリフィル( 緊急時に処方箋を書くことができる) 、また処方箋の延長や変更をすることを許されています。日本では、これらの一つ一つに対して医師の許可が必要です。
現在、日本の薬剤師が独自の判断で可能なことはあまり多くありません。これは日本の薬剤師の能力が低いからでは無く、薬剤師の立場が弱いからです。薬剤師の仕事範囲は、他の職種との兼ね合いで決まり、特に医師が強い立場にいます。医師の意見を代表する医師会と、薬剤師の意見を代表する薬剤師会が話し合いを行い、それぞれの専門職ができる範囲の仕事内容を決めます。残念ながら、ここ最近、日本の薬剤師の仕事内容の変化は非常にゆっくりであり、急速な薬剤師業務の発展は望めないと思われます。
一方で、カナダの薬剤師会は他の医療職種と話し合う機会を持ち、比較的速いスピードで薬剤師業務の拡大が進んでいます。カナダの一部の州では、医師の許可無しに処方をすることが可能なところもすでにあります。
色々な権限を持っているということは、薬剤師が困っている人をもっと助けてあげることが可能になります。例えば、もう病院が閉まっているような遅い時間に薬局に来て、『薬が切れてしまったのだけど、1日分だけくれないか。』という場合、日本では処方箋無しでは何もしてあげることができません。
しかし、エマージェンシーリフィルの出せるカナダでは、それが可能です。もちろん事前に現状把握をする必要はありますが、薬剤師の権限を使うことでもっと人助けができ、そして、私たち自身も薬剤師であることに胸を張れるでしょう。
ただし、一つ知っておいてもらいたい事があります。それは、薬剤師の権限が広がるということは私達の決断そのものが非常に重要になってくるということです。
例えば、日本で働いていた場合、処方箋に疑わしい箇所があれば、医師に確認する必要があります。なぜなら自分では勝手に変更することはできないからです。しかしカナダでは、自身の判断で変更することが可能なのです。非常に融通の利く良い制度ではありますが、薬剤師の誤った判断による誤った変更が、患者に悪い影響を与える可能性は否定できません。
したがって、海外の薬剤師は、より責任感が必要であり、その場その場で正しい決断を求められる職種であると言えます。
② 困難な事でも最後まであきらめずやりきれる人
海外で薬剤師になることは決して簡単な道ではありません。
単純に言葉だけの問題だけではなく、環境・文化の違い、国家試験合格など乗り越えなくてはいけない事が他にもたくさんあります。
海外に初めて行くと、相手の言っている英語がわからなかったり、海外での働き方や生活の違いには戸惑ったりすることがあると思います。また、英語の試験や薬剤師になるための試験でもすぐに結果が出ないかもしれません。
しかし、あきらめないでください。
私自身も初めは全くできませんでした。英語は理解できないし、全く話せない。カナダでの働き方の違いにカルチャーショックを受けて落ち込み、試験も落ちて何度も受けました。
日本人が海外で薬剤師になることは、それだけ非常に難しい挑戦なのです。
いきなり山のてっぺんを見ると無理だと感じがちですが、まずは小さなステップに分けてみることが重要です。大きな目標を小さなステップに分け、それらを長く積み重ねていく。
挑戦もせずに無理だと諦めてしまうのはとてももったいないので、何でも良いのでまずは行動を起こしてみる。
例えば、『海外に短期留学する』、『すでに海外で薬剤師をやっている人にコンタクトを取る』など何でもいいと思います。
まずは一歩を踏み出し、自分がどれだけできるのかを知ることが重要です。
一度きりの人生に一度くらい大きな挑戦をしてもいいと思います。
もしやってみて無理だと思ったら、そこで引き返してもいいと思います。
たとえ結果がすぐに出なくても、目標を達成するための過程そのものを楽しんでいける人なら、必ずいつかは成功すると思います。
③ 変化を受け入れ、それを楽しむことができる人
海外での生活は、毎日が驚きでいっぱいです。
日本で当たり前だと思っていることが、海外では全然違っていることに多く遭遇するでしょう。
そして薬剤師を目指すならば、他の人が経験する以上の違いに遭遇することになると思います。
例えば、私がカナダの薬局でインターンをして驚いたのは、その『適当さ』です。つまり、日本のようにしっかりしていないのです。
日本において、処方箋に薬が90錠と書いてあったら、一人の薬剤師がその薬を90錠しっかり数え、さらに別の薬剤師が90錠あるかどうかダブルチェックします。日本で調剤ミスは非常に少ない印象があります。もし仮に間違いが起こったら、患者さんにコンタクトを取って謝罪をし、正しい薬と取り替えます。
しかしカナダでは、一人のテクニシャンが90錠を数え、薬剤師は見た目だけでざっと確認し、わざわざ錠数を数えません。したがって、間違いは当然多くなります。よく患者さんから、なぜか1錠余ったとか、5錠足りないという話をよく聞きます。
数えない理由としては、日本はほとんどの薬が10錠ごとのPTPシートであるのに対し、海外ではバラ錠から1錠ずつ数えないといけないというバックグラウンドの違いもあります。また、薬剤師は基本1人しかいないため、ゆっくり数える時間がないという理由もあります。
日本で働いてきた経験があると、全てのことにきっちりして欲しいという気持ちがどうしても強くなります。
しかし、海外ではそれができないケースが多くあり、そういった『適当さ』を受け入れることができるかということも重要です。
その他にも違いを上げればキリがありませんが、薬剤師としてそういった違いにいかに順応し、むしろそれらを楽しんでいけると良いと思います。